映画「ザ・ウォーク」: 命綱なしでWTCを綱渡りした芸術家の物語

Credit: AP

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フィリップ・プティ(Philippe Petit)という人をご存知でしょうか?

私も最近知ったのですが、今は亡きワールド・トレード・センター(WTC)ビルの間を命綱無しで綱渡りしたことで有名な人物です。

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TEDトーク: 綱を渡る旅

興味を持ったのは、たまたま彼のTEDトークを観たのがきっかけでした。

TEDでは、彼の生い立ちからWTCでのパフォーマンスに至るまでの、彼の「綱渡り人生」が、軽妙な語り口で、また、お得意のパフォーマンスも織り交ぜて紹介されました。「綱渡り人生」と表現すると少々危なっかしい意味になってしまいますが、彼の場合は正真正銘の「綱渡り芸人としての人生」です。確かに危なっかしいところばかりなのですが。

プティさんは1949年生まれのフランス人、今は60歳を超えておられますが、大道芸人としてはまだまだ現役だそうです。

WTCのパフォーマンスまでに、パリのノートルダム大聖堂やシドニーのハーバーブリッジでの綱渡りに成功していました。何より驚いたのはそれらのパフォーマンスが無許可で行われたこと。このことは、たとえパフォーマンスに成功したとしても、同時に犯罪者になるということを意味します。許可を申請しても、それが認められることは決してないとは思いますが。

WTCのパフォーマンスは彼が24歳の時、1974年8月7日に実行されています。地上110階、高高さ411メートルという、東京タワーよりも高い場所でのパフォーマンスで、その時WTCはまだ完成前という状況でした。

成功したとしても犯罪者になってしまうという状況で、死と隣り合わせのパフォーマンスを実行しようとする彼の情熱はどこから来ているのか、とても信じがたい思いを持ちました。

さらに、無許可ということで、ワイヤーロープなどの資材の搬入やその設置にも相当な困難があったと思われます。実現はとうてい不可能で、かつ、常人にはほとんど狂気とも思える状況です。こんな最悪とも思える状況にも関わらず、何が彼を突き動かし、どうやって実現にこぎ着けたのか、非常に興味を持ちました。

映画「ザ・ウォーク」

そんな中、彼のお話が映画化されているということを知りました。監督はあのバック・トゥ・ザ・フューチャーやフォレスト・ガンプを作ったロバート・ゼメキス監督です。

映画だと実現に至る過程が克明に分かり、非常に興味深く観ることができました。

事前に綿密な下調べをして決めた筋書きは、前日に屋上に忍び込んで、夜中にワイヤーを設置、夜が明ける頃、工事の人が来る前にパフォーマンスを実行する、というものでした。当然、ビル内で働く人を含め何名かの協力者も得ています。

夜中に忍び込み、警備員を避けながら徹夜でワイヤーを設置。おそら相当疲労はあったと思うのですが、それでも死と隣り合わせのパフォーマンスに臨むというのですから、とても信じられないお話です。

余談ですが、2つのビル間にワイヤーを張り渡す方法をはじめ、ワイヤーの揺れを抑えるための補助ワイヤー、ワイヤーが切れないように係留ポイントには木材をかませる、といった技術的バックグラウンドの説明や描写があったのも面白い点でした。

そしてトラブルに見舞われながらも、夜が明けてからようやくパフォーマンスを開始するのですが、そこにも驚きが待っていました。

綱を無事に渡り終わって、めでたしめでたしと思っていたら、今度はさっき来た道を戻る二度目の綱渡りを始めたのです。その頃にはすでに騒ぎになっており、たどり着く先には警官が待ち受けていました。道は一本ですからそちらに向かう他ないのですが、彼は待ち受ける警官の目と鼻の先でUターンをしたのです。これを繰り返すこと数回、結局、45分ほど空中に滞在していたそうです。

一度成功するだけでも歴史に残る偉業と言えるのですが、それを繰り返し成功させてしまうとは、なんとすごい人かと思いました。結局は無事に生還すると分かっていても、綱の上を行ったり来たりする主人公を観ていると、何か悪いことが起きるのじゃないかと、はらはらどきどきのし通しでした。

そして圧巻は、彼がロープの上で仰向けになったことです。さすがにこれは映画の演出だろうと思っていたのですが、実際、彼はやっていたのですね。やあ、ホント、驚きです。

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山を動かす

奇しくも映画を観た日は9月11日で、あの911テロのことも同時に心に浮かびました。今、WTCの跡地にはワン・ワールドトレードセンターという新しい超高層ビルが建っているということです。

プティさんはこの偉業(?)が認められて、WTCの展望デッキに登る無期限チケットをもらったということですが、新しいビルにも登ることができるのでしょうね。

最後にTEDトークの終盤に彼が言ったことばを紹介します。

When you see mountains, remember mountains can be moved.

(山が見えたとしても、山は動かせる事を忘れないで。)

本当に彼は、山を動かすような、不可能とも思えることを可能にしてしまった人だと思うのです。